今日も内向的な人の飲み会対処法について
書きたいなと思います。
負の連鎖とは
タイトルに書きました
負の連鎖
ですが、
人は嫌なことがあると、
それを避けるために
自分に合わないことをしてしまいます。
自分に合わないことなので、
それは、うまく行かないことが多いです。
すると、うまくいかないことで、
自分を責めてしまい、
もっとがんばらなければと、
また合わないことをやって、
また自己嫌悪。
負の連鎖
という言葉は、
その繰り返しを続けることのイメージを
表す言葉として、使ってます。
とくに内向的な人には、
こうなるケースが多いのかなって
感じていたりします。
(私自身の経験から勝手に判断している
だけかもしれませんが・・・)
内向的な私にとって飲み会のつらさ
私の飲み会での体験談から、
この負の連鎖に気づくことの大切さ、
そして、どうやってこの連鎖をやめていくかについて
書いていきたいなと思ってます。
場面は飲み会です。
飲み会は、
ほんと嫌な思い出がたくさんある場所でした。
内向的な人にとって飲み会の何がつらいのかなと考えた時、
私が最初に思いつくのは、
会話に入れないというつらさです。
飲み会に行かなくてもひとりぼっち感を感じるし、
行ったら行ったで、近くに人はいるけど、
なんだか私はひとりぼっち、
みたいな感じがつらいのかなって思います。
外交的な人は、ほんとに話が上手い人が多くて、
いくらでも話がでてきますね。
車の話とか、旅行の話とか、世界情勢の話とか、
仲間内での面白い思い出話とか、
次から次へと、ポンポンと会話が飛び出してきます。
勢いが半端ないです。
とてもついていけるスピードではない感じです。
そして負の連鎖へと
でも、楽しそうな姿、
とてもうらやましかったりします。
あんな風になりたいななんて
思ったりしました。
30代の前半くらいまでは、
密かに、目指してました。
あんな風に話せるようになりたいと。
がんばりました。
話し方教室というマニアックな教室に通うくらい
がんばりました。
でも、できませんでした。
なんとか、会話の中に入っていこうとするんですね。
そうすると、急に場がしらーってなって、
「おまえ入ってくるなって」
とか、
「面白くない」
とか、
「何言ってるの?」
とか、そんな反応が返ってきたことがあります。
そのたびに、悔しい思いをして、
自分を責めて、
自己嫌悪におちいって、
もっと面白い話ができるようにならなければと思い、
雑学の本を買ったりして、勉強したり、
頭の中でイメージトレーニングしたり、
でも、現場では、何も話せない自分がいるだけで、
また自己嫌悪になっての
負の連鎖
におちいる毎日でした。
それは飲み会に行きたくなくなります。
でも、行かないと大変なことになりますから、
仕方なくいやいや参加する。
飲み会前とかは、本当に憂鬱でした。
日曜日の夕方とかに思うんですね。
ああ、今週の金曜日に飲み会がある、
仕事嫌だなーって、
それから、ずっと嫌だなーっていう思いを持ったまま
何日間も過ごすわけです。
かなりのストレスです。
日中の仕事以上のストレスが飲み会にはありました。
そんなストレスいっぱいでいやいや参加する飲み会です。
楽しそうにできるわけもなく、
暗い表情で、限界いっぱいになりながら、
座ってると、
その姿をみた、外交的な感じの人が責めてきます。
「おまえ暗いんだよ」
「もっと明るくしろよ」
それから説教です。
いろいろ、ありがたくないアドバイスしてきます。
やばいですね。
いつ暴れてもおかしくないくらいのストレスがたまってますね。
よく我慢できたなと、
今から思えば、自分で自分をほめてあげたい気持ちです。
責められたことの解釈
今冷静に振り返ってみれば、
当時の外交的な人の行動原理のようなものは
だいたいわかる感じがします。
どうして責めてきたりアドバイスするかですが、
彼らにとって、暗そうにしている人たちは嫌な存在だったのだろうなと
思います。
できれば見たくない存在です。
心理学的にはシャドー(影)といわれる存在かもしれません。
シャドーは、受け入れたくない自分自身といえると思います。
暗い自分というのは、
実は外交的な彼らの心の中にも居るのだと思います。
外交的な人の中でも、暗い人を見て、
責めてきたり、嫌な感じをもったりするタイプの人と、
そういう人もいるよねと受け入れるタイプの人、
いろんな人がいると思いますが、
責めてくる系は、実は彼らの中に暗い自分がいるのだと思います。
もしくは、彼らにとって大切な誰かが暗い人で、
一生懸命その人を明るくしようとがんばったけどだめだった経験があるか、
まぁなんらかの形で、嫌な感じがあるのだと思います。
彼らは内向的な人と違い、自分自身をどうにかするより、
周りを変えようとする傾向が強い人が多いのではないかと思います。
内向的な暗い人を見ると、
なんか嫌な気持ちになるから、
そいつを明るいやつに変えようと、
攻撃してきたり、アドバイスしたり、
彼らの目の前から、
暗い人を減らそうという努力をしているように感じます。
まぁそんなのは、我々にとっては
とってもありがた迷惑な話なのですが、
彼らはそうしたいのでしょう。
内向的な人は、
どちらかというと、
優しくて、我慢する人が多い傾向がありますから、
彼らのありがた迷惑を、
いやいやながらも受け入れて、
あとでどっとしんどい思いをしてしまう。
そういう構図はよくあるのかなと思いました。
この責められてしまう状態まで来ると、
結構しんどいです。
1週間くらい飲み会のことでストレスを感じ続けるくらい、
しんどいです。
負の連鎖が、
ぐるぐる回って、
周りの人たちからも責められるくらい、
深い自己嫌悪に到達していたのかもしれません。
自分自身を責めて、責めて、責めて、
責め続けていると、
何か嫌な空気というか、
オーラのようなものでてくるのかもしれません。
外交的な人たちは、
その姿を見て、
嫌な気持ちになりますから、
私と一緒になって私を責めてくる。
そんな構図です。
ゲーム風にいうと、
協力プレイみたいな感じかもしれませんね。
さらなる負の連鎖の可能性
私と外交的な人たちの目的は、
ある意味、同じかもしれません。
自分を責めるという目的です。
もっと負の連鎖を繰り返すことも
できたかもしれません。
それは、責めてきた外交的な人たちを
私が嫌いになって責めるということです。
彼らへの復讐です。
仕事で何か罠を仕掛ける方法もあるかもしれません。
仕事でわざと失敗して、彼らを困らせるという方法も
あるかもしれません。
仕事を辞めるとか、無断欠勤するとか、
そんな方法もあったかもしれません。
あるいは、呪いの藁人形を買ってきて・・・
みたいな選択肢もあるのかも。
そうなるとどうなるか?
結果、ますます、自分自身しんどくなるかもなと
思います。
負の連鎖のきっかけと対処法
そこまでは行かなかったのですが、
何かいろいろ心の勉強や、人と話すということをしていて、
負の連鎖に気が付けました。
気づいたきっかけが思い出せないですが、
しんどくていろいろもがいている時に、
何か見つかった。
くらいな感じです。
本とか、こんな私でもわかってくれる人との出会いが
大きかったのかなって思います。
そもそものきっかけは、
外交的に楽しそうにしている人になりたい
ということでした。
私はどうしてそう思ったのか。
自分に満足していなかったから。
です。
私の中の根底には楽しませられる人になりたいという
願望がありました。
でも、その願望は満たされないまま大人になりました。
それはきっと幼少期のころからの
望みなのでしょう。
お父さんやお母さんを楽しませたい。
そんな願望だったのかもしれません。
もう思い出せないくらい過去のお話ですが・・・
重要なのは、
私は人と楽しませられないという
自分自身に与えた
観念のようなものがあることです。
でもその観念は不快なので、
その観念をなくしたい、
その一つの方法が、
外交的な人のように、
楽しくお話しして、
みんなを楽しませるという方法でした。
わかりやすい方法ですね。
テレビの世界と一緒です。
お笑い芸人がテレビ越しにたくさんの人たちを楽しませる。
もしかすると、
お父さんやお母さんもテレビを見て笑っていたかもしれません。
そういう
人を楽しませたい願望があるなって、
そして、それができないって思い込んでいる自分がいるなって
気がつきました。
そういうのは、
そういうのは探せば見つかるものだと思います。
本当は私は何がしたかったのか。
が知りたい。
そう思うだけで、
情報をキャッチするアンテナがオンになって、
何がしかのタイミングで
気づけるものかもしれないなって思います。
負の連鎖の始まりはそこでした。
楽しませたい。
でも楽しませられない。
楽しませられないという
強い観念がある中で、
楽しませることはできないのだと思います。
楽しませられないという
強い観念がある中で、
たまたま目に入ったのが、
外交的な人たちの飲み会での姿です。
それはできないことでした。
だってできないと
思い込んでいることですから。
で、できない自分を責めると、
ますますできなくなっていく
負の連鎖
におちいり、
とてもしんどい状況にいたりました。
でも、冷静に考えるとどうなんでしょう?
本当に楽しませることはできないのでしょうか?
私は自分自身に問いかけました。
楽しませる方法って
他にもあるんじゃないかって
外交的な彼らと同じように話すことだけが、
楽しませる方法なのでしょうか?
時間はかかりましたが、
自問自答と、
ちゃんと話をわかってくれる仲間や、お友達など、
本を読んだり、ネットで調べたり、
楽しませる方法について、
いろいろ話をしたり、調べた結果、
そうじゃないなっていうことに気がづきました。
しゃべってる人はしゃべっているだけで
楽しいんだ。
だったら、もっとうまく話を聞いたり、
話にのっかって、
しゃべっている人を楽しませるという
方法があるのではないか。
で、しゃべっていない人、
しゃべりたいけど、しゃべれない人は、
タイミングがわからないだけ、
そういう人に、タイミングよく、
質問したらいいなじゃないか、
これでみんなその場の人たちが楽しそうになれば、
楽しませたいっていう目的は達成できるのではないか、
ちょっと時間はかかりましたが、
普通に、無理なく、そう思えるくらいまで、
自分の考えは成熟してきました。
すると、飲み会でも責められなくなってきました。
最初はにこやかに楽しそうにするだけで精一杯でしたが、
それだけで、
責めてきた人は、攻撃をしなくなります。
攻撃のメカニズムは、私個人というより、
その人自身の中にあったわけですから、
私が変われば、彼らの攻撃対象からはずされるという、
そんな理屈かもしれません。
にこやかに楽しそうにしていますと、
しんどくはなります。
無理している感じもありますし、
どうせこんなことしたって、
誰も気がづいていないし、
空気みたいだし、
やっぱりみんなを楽しませられれないやん
という自己嫌悪はついて回ります。
が、にこやかで楽しそうな感じを続けると、
それが普通になってきて、
時に本当に、
あれっ、今、楽しかったかも
みたいな変な驚きがあったり。
時間はかかりますが、
少しずつ負の連鎖が
取り消されて、
本当に望んでいた状態に近づけるような感覚も
感じたり、感じなかったり。
まとめ
とてもとても長い文章になってしまいましたが、
ここまで読んでくださってありがとうございました。
お伝えしたかったことは、
私にとってはつらい飲み会でしたが、
そのおかげで気づけたことがあったこと、
負の連鎖は
いつまでも続くので、
早めに気づいて、
変えたい
負の連鎖をやめたい
って思うことが大切かなと思います。
ということでした。
みなさんにはどんな負の連鎖がありますか?
よろしければ、コメントいただけると嬉しいです。